反イスラエルの本性をあらわすアメリカ」の続き

★非米化するイラクレバノン ★非米化するイラクレバノン

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この記事は「反イスラエルの本性をあらわすアメリカ」の続きです

http://tanakanews.com/090508israel.php田中宇プラス・有料記事)

 イラクが安定していく方向を見せている。イラクでは一昨年末からから治安
が安定してきており、まだ毎日のように自爆テロや銃撃戦が起きているものの、
今年3月には欧米からの初めての団体旅行客が訪問し、5月に入って台湾から
の18人がアジアからの初めての団体旅行客として1週間イラクを旅行した。


http://news.yahoo.com/s/afp/20090509/wl_mideast_afp/iraqtourismasiataiwan
First Asian Tour Group in Post-Saddam Iraq

 日本からも最近、ジャーナリストや援助団体の人々が相次いでイラクを再訪
するようになっている。英国軍が撤退を完了したばかりのイラク南部のバスラ
で、5月はじめに国際癌学会が開かれ、その取材という名目で、日本のジャー
ナリストや市民活動家にも、数年ぶりにイラク訪問ビザがおりた。

 イラクの安定化は、イラクが米国の傀儡国として安定したということを意味
しない。むしろ全く逆で、イラクは、米国の言うことを聞かないイランやトル
コ、シリアなどの近隣諸国に助けられて安定化してきている。イラクは、米軍
が撤退していくとともに米国とは一線を画し、イスラム主義と汎アラブ主義が
融合した、非米的な国になっていくだろう。

「そんなことは米国が許さない」「敗戦によって日本が恒久的な米国の傀儡と
なったように、イラクも米国の傀儡になるに違いない」と思う人が多いかもし
れない。しかし敗戦後、喜々として米国の傀儡になり、傀儡であるがゆえの安
定性を経済成長による繁栄として享受してきた戦後の日本人と、この100年
間ずっと英米に抑圧され、貧困と混乱の中に押し込められてきたアラブ人・
イラク人とは、全く状況が異なる。

 ここ数年の事態の推移を見ると、イラクを含む中東における米国の影響力や
信用力は劇的に低下している。しかも米国の政策立案者たちは、米英中心主義
を強化するふりをして、実際には世界の反米感情を煽って反米非米勢力を強化
する、隠れ多極主義的な動きを続けている。

 最近のイラクでの動きを見ても、非米的な方向が強い。たとえば最近、イラ
クのシーア派の反米的・親イラン的な指導者であるムクタダ・サドル師が、
70人の従者をつれてトルコを訪問したことが象徴である。

イラクナショナリズムの試み

 36歳のサドルは、かつてイラクシーア派を代表してフセイン政権による
弾圧と戦っていた指導者の息子で、米軍占領後は反米ゲリラの頭目となった。
サドルは04−05年、特にイラク駐留米軍から敵視され、それがゆえに反米
感情が強いイラクで英雄視され、七光りだけの二世指導者から英雄指導者へと
脱皮した。対米敗戦で旧イラク軍が自己消滅した後、サドルが率いる武装勢力
マフディ軍」は、クルド人の軍勢「ペシュメガ」と並ぶ強い軍事勢力となっ
たが、サドルはその後、武器を捨てて政治家になることを宣言した。07年以
来、イランのシーア派の聖都コムなどに隠遁し、公の場所に姿を現さなかった
が、5月はじめに突然トルコを訪問し、トルコの首相や大統領らと会談した。


http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/KE07Ak03.html
Muqtada comes in from the cold

 政治家としてのサドルは、「シーア派」としてのイラン(ペルシャ人)との
連携と、「イラク人」「アラブ人」としての汎アラブ主義に基づくスンニ派
の協調という、2つの方向を融合したイラクナショナリズムを目指している。
イラクシーア派(60%)、スンニ派(15%)、クルド人(15%)と
いう3大勢力の寄り合い国家だが、サドルはスンニ・シーア間の協調によって、
クルドの分離独立を阻止しようとしてきた。

 クルド人は、米国やイスラエルの力を借りて独立を模索しており、米傀儡の
イラク政府を担当しているマリキ首相(シーア派)は、クルドの独立傾向を容
認し、大油田があるイラク北部の都市キルクーククルド人に譲渡する「住民
投票」の実施を認めようとした(キルクーク住民投票は、米国が作ったイラ
憲法に盛り込まれている)。反米ナショナリストのサドルは、キルクーク
民投票に反対し、イラン、トルコ、シリアという、イラクと同様にクルド人
少数派として抱える周辺諸国と連携した。

 オバマ政権になって米国が、中東各地の非米的・自立的な動きを容認するよ
うになったため、力関係はクルド人に不利になり、国連でイラク問題を担当す
る外交官は5月3日、キルクーク住民投票を5年間延期する案を示唆するに
至った。すでにイラクのマリキ政権は米国の傀儡色を脱する方向を模索してお
り、3月にトルコの大統領が33年ぶりにイラクを訪問し、イラクとトルコで
連携してクルド人の独立を阻止することが、ここで決まった。

 4月には、トルコからの分離独立を目指してゲリラやテロ活動をしていたク
ルド人の武装勢力PKKが一方的な2カ月間の停戦を宣言し、問題を政治的に
解決したいと言い出した。米英の影響力低下とともに、クルド人は独立志向を
棚上げし、周辺の国家と協調せねばならなくなっている。


http://www.monstersandcritics.com/news/europe/news/article_1470539.php/Kurdish_separatists_announce_unilateral_ceasefire_
Turkish Kurd Separatists Announce Unilateral Ceasefire

 第一次大戦以来、クルドの分離独立は、英国主導で欧米が分割支配してきた
中東諸国の弱体化を維持する道具として使われ、米英イスラエル諜報機関
クルド勢力を隠然と支援する動きが続いてきた。だがこうした体制は、米イラ
ク占領の失敗と米英の支配力低下とともに、終わりに向かっている。代わりに、
従来は米欧の影響下もしくは制裁下にあった中東諸国が自立的に協調し、クルド
問題などの中東の諸問題を非米的に解決する新秩序が立ち上がりつつある。


http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/KC27Ak01.html
Iraq serves Turkey a rare treat

▼シーアとスンニの対立が解消されうる

 サドルが突如トルコを訪問し、2年ぶりに公式の場に姿を現したことは、
クルドの独立を阻止するサドルとトルコの連携が成功したことを宣言する意味
がありそうだ。同時期に、イラク北部のクルド人地域からの原油の輸出が、
イラク戦争開始以来初めて再開されることになった。イラク国内にとどまる
ことが決定的になったクルド人勢力に、原油代金の一部が配分されるという
「飴」が与えられるのだろう。


http://news.yahoo.com/s/afp/20090509/wl_mideast_afp/iraqoilkurds
Iraq's Kurds to Begin Oil Exports in June

 こうした動きの渦中にいるサドルは、レバノン武装勢力ヒズボラ(これま
シーア派)の指導者であるハッサン・ナスララと並んで、汎アラブ的な若手
英雄指導者になっていく可能性がある。サドルとナスララがいずれもシーア派
であることは、サウジアラビアバーレーンなどで政治的に抑圧されているシ
ーア派の政治覚醒につながりうる。だがその一方で、サドルのイラクとナサリ
ヤのレバノンは、いずれも内戦になりがちなモザイク状の多民族国家であり、
これらの両国で国内の協調体制が成功すれば、そのノウハウは中東全体の協調
体制や、シーア派スンニ派の対立の止揚につながりうる。シーアとスンニの
対立は、米英仏による中東支配のために扇動されてきた。米国の影響力低下に
よってイスラム世界は、シーアとスンニの対立を解消する機会を得ている。

 米軍は、今夏にかけてイラク各都市の市街地から撤退し、砂漠の中の基地の
みに駐屯する態勢に転換していく予定だが、その後のイラクでは、サドル派の
ナショナリズム的な政治活動が強まると予測される。すでにイラク議会では、
英国系のシェルなど外国の石油会社が米軍侵攻後にイラク政府と結んだ石油ガ
ス契約をいったん帳消しにせよという、ナショナリズム的な提案がなされてい
る。


http://www.smh.com.au/world/wests-access-to-iraqi-oil-in-doubt-20090418-aasd.html
West's Access to Iraqi Oil in Doubt

 またイラク議会では、フセイン政権時代の1981年にイスラエルイラク
オシラク原子炉を空爆した件について、イスラエルに改めて賠償請求する動
きも起こしている。イスラエルは当時、フセインオシラクで核兵器を開発し
ていると主張したが、原子炉はまだ建設中で稼働していなかった。


http://www.presstv.ir/detail.aspx?id=93522§ionid=351020201
Iraq: Israel should compensate Osirak attack

▼ドルーズの寝返り

 サドルと並ぶ中東での英雄的シーア派若手指導者であるナスララが率いる
レバノンヒズボラも、反米武装勢力から、レバノンを代表する政党へと脱皮し
ようとしている。レバノンでは6月7日に選挙が行われる予定で、ヒズボラ
勝利が予測されている。レバノンは18の宗教諸派からなるモザイク国家で、
シーア派は人口の30%前後を占める最大派閥の一つだ(他に、スンニ派30%
前後、マロン派キリスト教徒25%、ギリシャ正教徒7%、ドルーズ派イスラム
教徒5%など。議会の議席が人口比で割り当てられる部分があるため、人口比は
政治問題となり、正確な人口調査は長く行われていない)。

 かつてフランス領だったレバノンでは従来、欧米の支配者から好かれる
キリスト教徒の政治力が強く、マロン派主導の連立政権が長く続き、ヒズボラ
隅に追いやられていた。ヒズボラが選挙に勝ち、ヒズボラ中心の連立政権ができ
ると、レバノンの政治は画期的に変質する。米イラク侵攻以来、イスラム世界
の反米反イスラエル感情の高まりが、レバノンの世論をも動かしている。06年
イスラエルとの戦争でヒズボラが負けなかったことが、ヒズボラの人気を高めた。


http://wire.antiwar.com/2009/04/24/hezbollah-win-in-lebanon-poll-would-be-big-upset/
Hezbollah win in Lebanon June 7 poll would be big upset

 ヒズボラはすでにレバノンでかなりの政治力を持ち、選挙を前に、ヒズボラ
主導でレバノン当局によるイスラエル・スパイ狩りがさかんに行われている。
すでに20人ほどのスパイ容疑者が検挙され、家具に仕掛けられた通信機や偽
造旅券などが証拠品としてテレビ放映されている。イスラエルは1970年代
レバノンに侵攻し、80年代に敗退したが、この時にレバノン国内で無数の
スパイを雇用し、ヒズボラなど反イスラエル系組織の動きを監視させていた。


http://www.presstv.ir/detail.aspx?id=94329§ionid=351020203
Hezbollah 'helped crush Mossad' in Lebanon

 興味深いのは、レバノンでのイスラエルスパイ摘発に米国が協力しているよ
うだと、イスラエルが疑っていることだ。米国は従来の親米的なレバノン政府
に軍事支援してきた。その名目は、米国がテロ組織に指定しているヒズボラ
取り締まる「テロ戦争」だった。しかし、今やレバノン政府内ではヒズボラ
力が強まり、ヒズボラを取り締まるために米国が与えた諜報の通信傍受技術な
どが、レバノン国内のイスラエルスパイ網を取り締まるために使われ、米国は
それを黙認していると、イスラエルは不満を持っている。


http://www.haaretz.com/hasen/spages/1084571.html
Did U.S. help Lebanon crack alleged Israeli spy rings?

 イスラエルレバノンから撤退した後も、イスラエルレバノン国境に面し
レバノン最南部の村を、安全保障の名目で軍事占領してきた。だが米国は、
レバノンでの選挙を前に、よりよい選挙をやるためとして、イスラエル軍
レバノン最南部の村から撤退するよう求めた。米国はこの措置を「レバノン選挙
で親米勢力を勝たせるため」と言っているが、実はレバノン南部を拠点とする
ヒズボラを強化するだけの策だと指摘されている。米国の「隠れ反イスラエル
ぶりを示す例だ。


http://www.haaretz.com/hasen/spages/1082557.html
Israel set to quit divided Lebanon border town

 イスラエルからの政治圧力が強い米国は、まだヒズボラをテロ組織と認定し
たままだが、英国やEUは、すでにヒズボラレバノンの正式な政党として認
知して交流を開始している。特に、英国がヒズボラハマスと交流を開始した
ことは、いずれ米国がヒズボラハマスをテロ組織と見ることをやめると、英
国が予測していることを示している。


http://www.haaretz.com/hasen/spages/1068809.html
Britain re-establishing contact with Hezbollah

 このような流れの中で、レバノン国内でも、これまで親米反ヒズボラの急先
鋒だったドルーズ派が、親ヒズボラ・親シリアの方向に転換する姿勢を見せて
いる。ドルーズ派を代表する指導者ワリド・ジュンブラットは4月末、オフレ
コの懇談の中で、親米反ヒズボラのマロン派勢力は、ヒズボラにぶざまに負け
ており、ヒズボラの方がはるかに強いと、仲間であるはずのマロン派組織を批
判するコメントを発した。これは、政治に敏感なジュンブラットが、マロン派
との連携を解消してヒズボラにすり寄っていく第一歩と見られている。その後、
米国からクリントン国務長官レバノンを訪問したが、これまで米国から援
助金をもらっていたジュンブラットは、もう彼女に会えなかった。


http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/KD29Ak02.html
A new order emerges in Lebanon

 古来、厳しい諸派間の政治闘争が続いてきたレバノンで、山間部の少数派で
あるドルーズ派は、政治変化の胎動を機敏に察知して、組む相手を微妙に変化
させていくことで、生きながらえてきた。ドルーズ派は、古い西アジア密教
グノーシス系。イスマーイール派シーア派に近い)の宗教を信仰する。
7世紀にムハンマドマホメット)がイスラム教を興し、レバノン山間部にも
改宗しろと軍勢を送り込んできた時、ドルーズは教えの中にイスラム教的な要素
を織り込んで「私たちもイスラム教徒です」と言って事なきを得た。ドルーズ
は本質的に、シーア派諸派と同様、イスラム教の皮をかぶった古代宗教である。
密教的な表裏のある知識体系の中にあっては、このような詭弁や「コウモリ」
的な行動は、必ずしも悪いことではない。マロン派が弱くなり、ヒズボラ
強くなるなら、ヒズボラにすり寄るのがドルーズの伝統に合っている。

 ドルーズの人々は、イスラエルにも住んでいるが、詭弁や謀略の力ではドル
ーズよりユダヤの方が上だ。ドルーズは、イスラエルで主に警察官に採用され、
パレスチナ人弾圧の先頭に立たされている。ユダヤ人はドルーズに対して
イスラエルに忠誠を誓ったのなら、喜んでパレスチナ人を虐待できるはずだ」
と言って、自分たちがやりたくないパレスチナ人虐待の汚れ仕事をドルーズに
やらせている。その結果、イスラエルパレスチナにおいて、パレスチナ人と
ドルーズは、相互に憎みあっている。

【続く】



この記事はウェブサイトにも載せました。

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