今回の大金融恐慌もゼロサム・ゲーム。 一体納税者が支払うことが約

nk2nk22010-01-05


行ったのだろうか? ケイマン、欧州金融大資本家・黒い貴族どもへか??? → おおよそ分かっているんだろうが、詳細は不詳で追求は? 首根っ子を取っ捕まえて吐き出させることを何故トライしないのだろうか?
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・・・  市場の失敗には多くの理由がある。今回の場合は、「破綻させるには大き過ぎる」金融機関が歪んだ動機を与えられていたことである。ギャンブルを試みて成功すれば、彼らは利益を懐に収めて立ち去る。失敗すれば、納税者が負担することになる。さらに、情報が不完全な場合、市場はうまく機能しないことが多い。  ・・・

ジョセフ・スティグリッツ教授 特別寄稿
「もう同じ過ちは繰り返すな!
2009年に得た厳しい教訓」  http://diamond.jp/series/dol_syndicate/10001/

 ノーベル賞経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ教授(コロンビア大学)は、世界は2009年に5つの教訓を学んだという。どれも重要だが、どれも過去、学んだことのあるものでもあった。われわれはいつになったら経験を生かせるのか。

ジョセフ・E・スティグリッツ
(Joseph E. Stiglitz)
コロンビア大学教授。1943年生まれ。2001年ノーベル経済学賞を受賞。クリントン政権の経済諮問委員会委員長、
世界銀行上級副総裁などを経て現職。
Photo(c)AP Images
 2009年について、強いてよいところを見つけようとするならば、それは「もっと悪い年になる可能性もあった」
ということだろう。2008年後半には絶体絶命の危機にあったように思われたが、なんとかそこから回復し、2010年は世界中のほとんどの国にとって、ほぼ確実に、もっとよい年になるだろう。
 また、世界は貴重な教訓をいくつか学んだ。ただしそれは、現在・将来の繁栄という点で大きな犠牲を強いるものだった──そして、われわれがすでに同じ教訓を学んでいたことを思えば、それは不必要に大きな犠牲だった。
 第一の教訓は、市場は自己修正がきかないということである。
 まったくのところ、適切な規制がなければ市場は暴走してしまいがちなのだ。2009年、われわれは再び、なぜ(アダム・スミスの言う)「見えざる手」が実際に「見えざる」ことが多いのか、その理由を思い知らされた。なぜなら、そんな「手」は存在しないからだ。
 銀行が私利を追求しても(=貪欲)、それは社会の幸福にはつながらない。いや、銀行の株主や社債保有者にさえ幸福をもたらさない。もちろん、家を失いつつある住宅所有者、職を失いつつある労働者、老後の蓄えが消滅してしまった年金生活者についても同様だし、銀行救済のために数千億ドルを払わされる納税者にとっても得るところはない。
 「システム全体が崩壊する」という脅迫を受けて、本来は人生の緊急事態に遭遇した不運な個人を救うためのものであるセーフティネットが、市中銀行に対して、さらには投資銀行、保険会社、自動車会社、さらには自動車ローン会社にまで寛大に差し伸べられた。こんなにも巨額のカネが、これほど多くの人びとから、かくも少数の者の手へと渡った例は過去にない。
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 銀行救済は盗人に追い銭
 われわれは普通、政府は富裕層から貧困層へと富を移転させるものだと考えている。だがここでは、金持ちにカネを譲り渡しているのは、貧しい人びと・平均的な人びとなのである。ただでさえ重い負担を課せられている納税者は、本来は経済の再生を目指して銀行の貸し出しを支援するために自分たちが払った税金が、巨額のボーナスや配当に化けるのを目にした。配当とは、利益の分け前であるはずだ。しかしこの場合は、単に政府からのプレゼントを分配しているだけなのだ。
 「銀行の救済は、どれほど理不尽であろうと融資の回復につながる」というのが口実だった。しかし、融資の回復など実際には起きなかった。起きたのは、平均的な納税者が、多年にわたり自分たちから(略奪的融資や暴利のクレジットカード金利、不透明な手数料を通じて)カネをだまし取ってきた金融機関に、救済資金を与えたという状況なのだ。
 救済は根深い偽善を白日の下にさらした。貧困層のための小規模な福祉制度に対しては財政の緊縮を説く者が、いまや世界最大規模の「福祉」制度を声高に要求する。自由市場の長所はその「透明性」にあると主張していた者が、結局は、非常に不透明な金融システムをつくり上げ、銀行が自行のバランスシートさえ理解できないようにしてしまう。そして政府も、銀行に与えるプレゼントを隠蔽するために、ますます透明性の低い救済方式に手を染めるよう誘われている。「アカウンタビリティ」だの「責任」だのと論じていた者が、今では金融部門での債務免除を求めている。
 第二の重要な教訓は、なぜ市場は、所期の意図どおりに機能しないことが多いのかを理解する、という点である。
 市場の失敗には多くの理由がある。今回の場合は、「破綻させるには大き過ぎる」金融機関が歪んだ動機を与えられていたことである。ギャンブルを試みて成功すれば、彼らは利益を懐に収めて立ち去る。失敗すれば、納税者が負担することになる。さらに、情報が不完全な場合、市場はうまく機能しないことが多い。
 そして、情報の不完全性は金融の世界にはつきものなのである。外部性は至るところに見られる。ある銀行の破綻によりコストが他の者に転嫁され、金融システムの破綻は世界中の納税者・労働者にそのコストを負担させる。
歪んだイノベーション
 第三の教訓は、ケインズ派の政策は機能するということである。
 オーストラリアなど、大規模で巧みに構想された景気刺激策を早期に実施した諸国は、今回の危機からいち早く回復した。だがそれ以外の国は、今回の混乱の張本人である金融専門家が押し付ける従来の正論に屈してしまった。
 経済が後退期に入ると、必ず財政赤字が発生する。税収が歳出よりも速いペースで減っていくからだ。従来の正論では、増税か歳出削減により赤字を削減しなければならないと説く。「信頼回復」のためである。
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 しかしこうした政策はほぼ必ずといっていいほど総需要を低下させ、経済をさらに深刻なスランプへと押しやってしまい、さらに信頼を低下させる。最新の例では、1990年代の東アジアにおいて、IMF国際通貨基金)がこのような政策を主張していた。
 第四の教訓は、金融政策とは単なるインフレ対策だけではないという点である。
 インフレに過大な関心を注ぐあまり、一部の国の中央銀行は、金融市場で起きている状況に無頓着になってしまった。資産バブルが無制約にふくらんでいくのを中央銀行が放置することにより経済が負担するコストに比べれば、緩やかなインフレによるコストなど微々たるものにすぎない。
 第五の教訓は、すべてのイノベーションがより効率的で生産性の高い経済に結び付くわけではない、いわんやよりよい社会にもつながらない、という点である。
 民間のインセンティブは重要であり、それが社会的な利益とうまく整合していない場合には、結果的に、過剰なリスク志向、過度に近視眼的な行動、歪んだイノベーションをもたらしてしまう可能性がある。
 たとえば、近年の金融工学上のイノベーションの多くについては、そのメリットは実証困難であり、もちろん数量化もできない一方で、それらに伴うコストは、経済的にも社会的にも明白かつ巨大である。
 事実、金融工学は、普通の市民が家を保有することに伴う単純なリスクを管理するうえで役に立つ商品を生み出しはしなかった。こうして、数百万もの人びとが家を失い、さらに数百万の人びとがその可能性にさらされる結果となったのである。むしろイノベーションは、低学歴の人びとに対する搾取を完璧なものにし、市場をより効率的で安定したものにすることを意図した規制や会計基準を逃れることを志向していたのである。その結果、本来はリスクを管理し資本を効率的に配分するはずだった金融市場は、リスクを生み出し、でたらめに配分してしまったのである。
 われわれは過去の危機からも同じ教訓を学んだはずだが、さて、今回の危機ではこれらの教訓を以前よりもしっかりと学んだのだろうか──その答えは近いうちに出るだろう。
 2010年、米国をはじめとする先進工業諸国において金融部門の改革が大幅に進展しない限り、残念ながらわれわれはまた同じ教訓を学ぶ機会に直面することになるかもしれない。
Copyright:Project Syndicate, 2009.
「The Harsh Lessons of 2009」By Joseph E.Stiglitz
翻訳/沢崎冬日(エアクレーレン)
◆次回は、“カリスマ投資家”ジョージ・ソロスの特別寄稿「二番底が待つ未来」を掲載します(1月6日予定)。
ノーベル賞経済学者らが警鐘! 排出権取引は百害あって一利なし?
http://diamond.jp/series/dol_report/10024/
ノーベル賞経済学者らが警鐘!
排出権取引は百害あって一利なし?

スティグリッツ教授(写真中央)は、排出量を決めてから炭素の価格を市場に委ねるという手法は、排出量の配分の公平性を担保できないというそもそもの欠点があるのに加えて、投機による炭素価格の不安定化を招く可能性が高く、環境関連投資のタイミングを難しくし、低炭素経済実現の牽引車にはならないと警告する。写真は、10月9日〜11日にデンマークコペンハーゲンで開催されたプロジェクトシンジケート主催の世界エディターズフォーラムでパネルディスカッションに臨むスティグリッツ教授。
(c)Wiktor Dabkowski
 「温暖化対策には排出権取引よりも国際炭素税が有効」「ポスト京都議定書の年内合意は不可能」――。国際的な温暖化対策を決する、ある重大な会議を前に、欧米の経済学者の間から、このところ穏やかならぬ発言が増えている。
 ある会議とは、12月7日から2週間の予定で、デンマークの首都コペンハーゲンで開かれる第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議、通称COP15のことだ。京都議定書に定めのない2013年以降の温暖化対策の国際的枠組みを固める“最後のチャンス”であり、各国とも排出削減目標の国際合意にこぎつけようと、水面下で協議を繰り返している。だが、複数の著名な経済学者の間から、排出権取引を前提とする現在の交渉のベクトルは間違っているとの批判がわき起こっているのだ。
 ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツコロンビア大学教授は、その筆頭格だ。かねてよりキャップ・アンド・トレード(排出量の上限を定め、過不足分を売買する制度)を前提とする排出削減目標設定のアプローチの欠陥を指摘し、温室効果ガスの排出に課税する国際的な炭素税の導入を提唱してきたが、最近になってさらに舌鋒鋭く持論を展開している。
 10月中旬にコペンハーゲンで開かれた国際会議(プロジェクト・シンジケート主催の世界エディターズ・フォーラム)では、昨年来の金融危機が不正やクローニー・キャピタリズム(縁故資本主義、すなわち一部エリートが政府官僚と結びつき富を拡大させる官民癒着)の存在を改めて明らかにしたとして、「年に数兆ドルもの排出権を(政府が)割り当てることは、想像し得る最悪の振る舞いを招く」と警告した。
 元メキシコ大統領のエルネスト・セディージョ・イェール大学教授も同様の考えを示した。「(特に)途上国での排出権取引は、無償の排出権を求める企業のロビー活動に結び付くだけでなく、おおっぴらな汚職にもつながる」と警鐘を鳴らした。
 国際炭素税の推進派の主張は、シンプルだ。排出権取引は市場重視のメカニズムと言われながら、実際には政府による排出権の配給にほかならず、ロビイングや汚職を助長しかねない――。加えて、投機の対象となるため炭素の価格は安定せず、企業側の中長期的視野での排出削減努力や環境技術開発意欲を削ぐ――。逆に、税金ならば、炭素のコストが明確化するため、計画的な取り組みやイノベーションを促進しやすい、というわけだ。
 欧州などすでに複数の国・地域が排出権取引市場を創設し、中でも欧州の市場は急拡大しているが、炭素税の推進派は「排出権取引は実質的な温暖化ガス削減につながっていない」(セディージョ教授)、「金融機関などブローカーのためのマネーゲームの場にとどまってしまっている」(フランス系シンクタンク幹部)と批判する。
 ちなみに、前述の世界エディターズ・フォーラムには風力発電機最大手のヴェスタスエナジーのCEOやエネルギー大手シェルの幹部も参加していたが、両者とも炭素税のほうが排出権取引よりも好ましいという立場だった。特に前者は環境投資拡大を期待する立場にあるためか、企業が政府に望むことは、「まず炭素の価格を決め、あまり変動させず、後の対応は(企業に)任せてくれることだ」と語っていた。
 しかし、ポスト京都の合意期限を12月に控えて、今この時点でリセットボタンを押すのは非現実的であるのに加えて、たとえ押せたとしても、国際的な炭素税導入は容易なことではないだろう。
 すでに炭素税を導入している北欧諸国や2010年からの導入方針を明らかにしたフランスは支持に回るかもしれないが、これらの国々はもともと原子力再生可能エネルギーへの依存度が高い。一方、石炭などの火力発電に頼るその他大多数の国々では、炭素税はそっくりそのまま電力料金の上昇要因だ。新税導入に伴う負担増への消費者の反発を避けるためには、他で減税するなどの税制改革を迫られるかもしれず、より複雑な政治決断となりかねない。日本でも民主党政権マニフェストに掲げた“地球温暖化対策税”の導入を検討しているが、すでに各方面から反発の声が上がっており、単に新税を追加というわけにはいきそうにない。米国でも、炭素税は不人気だ。やはりキャップ・アンド・トレードの効果に懐疑的なケネス・ロゴフハーバード大学教授は、「オバマ政権に炭素税を提案したが、反応は極めて悪かった」と明かす。
 また、そもそも、スティグリッツ教授が提唱する国際炭素税という枠組みには、税率の設定・調整、税収の使用目的などについて新たな世界的な合意が不可欠であり、税制が国家の根幹であることを考えると、その交渉の難易度は国際的な排出権取引市場の確立を目指す以上に高い可能性がある。
 とはいえ、COP15は目前に迫り、排出枠の取り決めを巡り、新興国と先進国の対立は深まるばかりだ。主要新興国に厳しい削減努力を求める先進国に対して、中国・インドなどは警戒感を強めている。中国政府の関係者は「このままでは年内合意は不可能」と漏らす。
 一方、新興国に対して範を示すべき世界最大級のCO2排出国である米国では、キャップ・アンド・トレードの導入を柱とした温暖化対策法案の上院での審議が長引き、成果を見込めないとしてオバマ大統領がCOP15への出席を控えるとの観測も広がっている。そもそも米国には、かつて排出権取引というスキームを自ら提案しておきながら、京都議定書から離脱した“前科”がある。
 セディージョ教授は「失敗に近付いていると認識するならば、(国際炭素税という可能性を話し合う)プランBに移るべき」という。いずれの道を取るにしても、ポスト京都議定書の出口はしばらく見えそうにない。
(ダイヤモンド・オンライン副編集長、麻生祐司)

・元IMFチーフエコノミストの警鐘 「これは不況ではなく大収縮!2010年も 続く世界経済と日本経済の危ない綱渡り」
http://diamond.jp/series/dol_report/10031/ 
・ソロス、サマーズ、マートンが語る 金融危機と世界経済の行方(テキスト版)
http://diamond.jp/series/bigthink_crisis/10006/




http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/b17affa2ed1bde057809047ed6d5913d